ほのか | 留学を夢見る大学生の日記

4か国に留学した大学生が、経験や現在や夢や日々のことを残していく日記

【小説】ことばの森を歩く

私はいじめられていたことがある。

決して酷いものではなかったし、それでも学校が好きだったので、毎日学校に行っていた。むしろ「学校を休む」という選択肢が私にはなかった。学校は誰もが必ず行くものだと思っていたし、それが当然だと思っていた。

しかし、私の心はおれなかったし、学生生活は大概楽しいものだと感じられていた。それはあくまでも、私が幸運だったからだ。好きな人がいたし、仲が良い先生たちもいたし、授業は楽しかった。

私はその時期、習い事をしていた。学習塾にも行っていた。私の家に呼んで遊べるお友達もいた。これらのことから、私は誰かに言われなくても自分の肌で感じていたことがある。あの教室には一部私をいじめるひとがいるけれども、それが世界の全てではないし、これからの人生の全てでもないと割り切ることができた。

そのなかでも一番大きな理由は、私が読書好きだったことだ。教室で酷いことを言われても、持ち物を隠されても、本の中の世界には平和があった。楽しい学生生活や、先輩からの人生の助言や、行ったこともないような遠い世界の話の中には、私がまだ自分の目で見たこともないし、自分の肌で触れたこともないような、とてつもなく広い世界があった。

そんなときに読んでいた本に書いてあったことが、「教室だけが世界じゃない」ということだ。

教室というのはあくまでも、同じ地域に暮らしていて、同じ年の、同じくらいの学力を持つ人間が、大人たちの都合で寄せ集められただけの場所に過ぎない。そこが心地よい場所であればまだいいが、そでない場合もある。先生たちもいじめていた加害者の肩を持つこともあった。その教室でお友達ができなくても、ある意味当然だ。なぜなら、その場所は私たちが選んでたどり着いた場所ではないのだから。1年早く生まれていれば、もっと素敵なひとと知り合えていたかもしれないし、1年遅く生まれていたら、もっと酷いいじめを受けていたかもしれない。それは誰にも分からないし、私たちがコントロールできるものではない。

私は昔から、いまでもそうだが、あまり多くのお友達に囲まれて孤独を感じない日々を過ごしていたわけではない。それでも、私が孤独の波にのまれて心身を病むことがなかったのは、本の世界を楽しんでいるからだ。

私は日本で生まれ育った。この海の向こうでどんなことが起きているのか、それを知る手段はあまりない。特に私は家庭の方針によりインターネットを自由に使える環境を持つのが遅かった。ある意味で閉ざされた国の中で、海外旅行などではなく、もっと手軽に世界を知るためには、とにかく本を読むことだけだった。

私は2023年を生きている。1936年の世界を知る方法は、本を読むことだけだ。2612年の暮らしがどうなっているかも知ることはできない。しかし、本の中を歩けば、アラビアンナイトの麗しい世界を知ることもできる。200年前の俳句だって読むことができる。50年前の日々の生活だって知ることができる。

英語学のシンタックスの世界の奥深さだって知れる。日本語の学校文法の世界の魅力だって知ることができる。イタリア語が話されている世界の根底にあるものだって知ることができる。

本の中には、たくさんの文字があって、その世界を歩いている間だけは私は疲れを知らない。タイムマシンもあるし、たくさんの言葉が喋れるし、新しい環境に飛び込む勇気だって持っている。

教室の狭さに息ができなくなると、私はいつも広い世界を探す。そうすることで、私は見たこともない世界を見られるのだから。